京都大学 人社未来形発信ユニット

言語切替
MENU
REPORT

【第3弾】対談シリーズ「立ち止まって、考える」広井良典×出口康夫【後編】

2020/04/23

対談シリーズ「立ち止まって、考える―パンデミック状況下での人文社会科学からの発信」第3弾・後編です。前回に引き続き、こころの未来研究センター教授で、本ユニットの編集委員でもある広井良典先生と、ユニット長・出口康夫先生の対談をお送りします。広井先生との対談の前編はこちらから、これまでの対談はこちらからご覧いただけます。

なお、この対談は2020年4月7日に行われました。

格差・環境・医療とパンデミック

出口康夫 (人社未来形発信ユニット・ユニット長、以下出口) ここまでは科学史、科学哲学の観点からお話しいただきました。では、先生のもう一つのご専門である、公共政策論の観点からお話を頂けますでしょうか。

広井良典 (こころの未来研究センター・教授、以下広井) 今までの話ともつながってくるかと思いますが、端的に言いますと、今回の状況で感染、病気の国別、地域別の広がりを見ていて気づかされることがあります。昨日(4月6日)時点でのいくつかの国の状況を少しだけ確認的に申してもよろしいでしょうか。

出口 お願いします。

広井 感染者で言うとアメリカが群を抜いていて、昨日時点では34万人で、それからスペイン、イタリアとドイツあたりが10万を超えていて、スペイン13万強、イタリアも13万弱、ドイツ10万、フランスも10万弱ぐらいです。中国が8.3万ですから、もう中国を全部追い抜いています。より注目すべきは死者数のほうだと思いますが、死者はスペイン、イタリアがかなり大きくて、スペインが今、1.3万ぐらいで、イタリアが1.6万ぐらい、アメリカとフランスも1万弱ぐらいです。ドイツは、割と少なくて1500〜1600人ぐらいですね。全体から見ると、少なくとも現時点では、アメリカ、イタリア、スペインあたりがかなり、全体として見ると感染者や死者が多いです。私のような社会保障とか社会政策、公共政策みたいなことをやっていた人間からすると、単純に言うと、あ、この国が多くなるのはそうだろうなという印象があって、それはやはり、まず格差の問題です。

(広井先生提供)

図1を見ていただきたいのですが、これは格差の度合いを表すいわゆるジニ係数で、グラフの右にいくほど大きく、つまり格差が大きいということです。格差がもっとも大きいのがアメリカで、イギリス、スペイン、まあ日本が意外に大きいのですが、イタリア、フランス、ドイツ、スウェーデン、フィンランドと並んでいます。

出口 きれいに出ていますね。

広井 割ときれいに出ています。日本はちょっと微妙なポジションで、ここがまた面白いと言えば面白いです。先ほど言ったアメリカとかスペイン、イタリア、これらはもっとも格差の大きいグループの国で、イギリスもそうです。それに対して、ドイツや北欧がコロナをめぐる状況に関して比較的ましな状況であるのは、北欧は人口が少ないので割合で見る必要がありますけども、明らかに格差の小ささと関係しているでしょう。なぜパンデミックと格差が結びつくかというと、やはり単純に言って、貧困層の生活環境がかなり劣悪であるために感染症が蔓延しやすい点があります。それからもう一つ、それ以上に私が重要だと思うのが、決してそれは低所得者とか貧困層だけの問題ではなくて、格差が非常に大きい国や社会というのは、中間層も普通に過ごす公共空間の環境が非常に劣悪になるということです。私も3年ぐらいアメリカに住んだことがありますけれども、日本では考えられないような、窓ガラスが割れたまま放置されていたり、ごみが散乱したりしているような場所が街の中心部に結構たくさんあったりとかですね。ですから格差の問題と、コロナウイルスの広がりの問題というのはかなり深い関係があると言えます。

(広井先生提供)

もちろん格差だけの話ではなくて、図2はそれに加えて環境の状況を併せて見たものです。縦軸は先ほどのジニ係数つまり格差の問題で、それから横軸は環境パフォーマンスで、これは二酸化炭素の排出量とか大気汚染等々、環境に関する様々な指標を総合化した、イエール大学で出しているEPI (Environment Performance Index)という指標を示したものです。グラフの左上の国々が格差が大きく、環境があまりよくないグループで、逆に右下のグループが、格差が小さくて、環境パフォーマンスがいい国で、ドイツとか北欧が含まれています。もちろん、単純にここから、これが感染症の蔓延とイコール対応しているとまでは言えないにしても、一つの重要な要因であることは確かではないかと思われます。

さらに視点を広げますが、図3は平均寿命と医療費の規模を国際比較したものです。アメリカは、他の国々に比べて圧倒的に大きな規模の医療費を使っている割に、平均寿命は先進国の中では最も低いということが示されています。

(広井先生提供)

こうしたデータを見ると、これは今回のコロナウイルスに限らない点ですが、社会的な要因がかなり蔓延あるいは感染の広がりと関係しているということは確かで、この辺をさらに、もっと深掘りしていくことが必要かと思います。最近では、先ほど出てきた疫学のエピデミオロジーにソーシャルをつけた社会疫学、ソーシャル・エピディミオロジーという研究分野もかなり活発になっています。そういう社会的な視点というのが今回の蔓延を見るのにあたってポイントかと思います。あと、今のところ日本がまだ比較的低い水準でとどまっているのはどうしてなのかなという点があり、おそらく私の経験からすれば、トイレなどが断トツにきれいなのは日本であることは確かで、そうした点を含めた人々の衛生意識や都市の衛生環境という要因は関係していると思います。もちろん決して油断してはいけないのですが、その辺も含めて、いろいろな角度から掘り下げていく必要があるかなと思います。

出口 今のお話を受けてのことですが、現在、各国のコロナ対策が、医療崩壊の阻止という一点にほぼ収斂しつつあります。医療崩壊が防げるかどうかは、患者数以外にも、そもそも各国にどれだけの医療キャパシティが備わっていたかどうかにかかっている。そして、各国がどれだけの医療キャパシティを持っているかどうかは、それぞれの国がこれまで下してきた政策決定によるところが大きい。このように考えると、コロナパンデミックは、病理学的、生物社会学的な災厄であると同時に、社会的な災厄という側面も持っていると言えると思います。ここで安易に「人災」という言葉を使うと、特定の人々のヒューマンエラーへと事態が矮小化されてしまいますが、未知の感染症の拡大という、これまでもその危険性が繰り返し指摘されてきた事態に対して、結果として、十分な準備を整えてこなかった、そういった社会が抱えている構造的な問題が、ここに来てあぶり出されているのだと思います。

広井 おっしゃるとおりですね。医療崩壊というテーマは非常に大きいのですが、スペイン、イタリアあたりの死者が、数で言うと今(4月7日現在)、イタリアが1位、スペインが2位であるわけですが、特に大きかったのは、出口さんの言われた医療崩壊ないし、医療システムのキャパシティの問題だと思っています。私のような社会保障の研究をやっている人間にとっては、南ヨーロッパ型福祉国家という概念があって、イタリアやスペインなど南ヨーロッパの国々では、公的な医療制度ないし社会保障制度が十分に発達しておらず、よくも悪くも家族に依存する度合いが大きい。家族とか教会とかですね。制度としての公的医療制度なり、医療施設が必ずしも十分ではない。それから、一部これは日本と似ていますが、スペイン、イタリアの共通点は、時々メディアでも言われるように高齢化率がかなり高くて、少子化が進んでいるということもあります。これは非常にセンシティブな話なので難しいのですが、感染が発生する前から高齢者の入院が結構大きかったので、もうベッドに余裕がなかったという面がある。

実は東京もそういうところがあって、ご存じかと思いますが、東京を中心とする首都圏が今、急激に高齢化の途上にあります。高度成長期に東京とか首都圏にたくさんやってきた当時の若者が今、リタイアして、2010年から2040年にかけて、東京だけで140万人の高齢者が増えると推計されています。これは滋賀県とかの県全体の人口を上回る規模です。つまり、急速な高齢化でかなり、既にベッドのキャパシティが埋まっているので、それだけでもう医療崩壊というか、新たに入院患者を受け入れる余地がなくなっているという面があるわけです。ですから、これは非常に難しいところですが、患者の優先順位づけみたいことをやるのか、やるとしてもどうやるかといったことなど、いろいろな問題があるかと思います。あと、これも指摘されていますけど、ICUつまり集中治療室の数が日本は非常に少ないという点。これも先日、日本集中治療医学会がそうした声明を出していましたが、日本はそういう、高次機能の医療に対して十分な資源配分を行ってきていないという点があり、やや各論的な話になりますけど、そのあたりの問題をどう考えていくか、対応していくかというのがまた大きなテーマだと思います。

文化・文明の再考へ

出口 もう一度、医療崩壊に話を戻しますと、世界には、そもそも崩壊するような医療制度自体が存在していない、機能していない国々も多いわけです。例えばアフリカ諸国であったり、南アジアであったり、さらには内戦状態に陥っている国々などがそうでしょう。今後、そういった国々にコロナウイルスが広まっていった場合、最悪のディザスターが起こることになります。そのような国々では、社会統計も整備されていないので、そもそも正確な患者数、死者数も分からないまま、おびただしい人命が失われる危険性があります。その意味では、人類全体で見ると、われわれはまだ悲劇の序の口にいて、本当のフルスケールの災厄はこれから始まる可能性すらある。先ほど、コロナパンデミックは一種の社会的災厄であるとも言いましたが、国際社会という文脈でも同じことが言えると思います。これまでさんざん指摘されてきた南北問題、途上国におけるライフラインの未整備という問題を人類が放置してきた、そういった構造的問題が、これまた今回あぶり出されようとしているのだと思います。

広井 おっしゃるとおりだと思います。今、ブラジルの話とかが時々報道されたりしていますが、中南米とか、今、言われたアフリカとかにこれが広がっていくと、本当に壊滅的な状態になる恐れがかなり大きいので。

出口 アマゾンの孤立部族にも感染が広まっているというニュースがありましたけれど、そうなると歴史上起こったような、文明や文化の消滅みたいなこともあり得るということですよね。

広井 それも、中南米やアフリカに原因があるわけではなくて、ほかの国から移ってきたものが蔓延するわけですから、

出口 その意味では、アマゾンの人たちは、自分たちには何の責任もないグローバル化のとばっちりを受けているということですね。まさに、レヴィ=ストロースの言う「悲しき熱帯」の悲劇が再び繰り返されようとしているわけです。

広井 そのとおりですね。もうたまったものでないというか。だから、やはり、もともと思っていたことではあるのですが、私は今回の一つのメッセージとして、格差や都市環境の問題を含めて、過度のグローバル化の見直しをすべきではないかということ、グローバル化の先のポストグローバル化的な世界を考えるべき状況にきているのではないかということを改めて申し上げたい。そういう、今日お話ししたローカライゼーション、ローカルから出発してナショナル、グローバルに積み上げていくような社会システムの在り方を考えていく、かなり重要な契機ではないかと思います。

あと、これもまた話を広げてしまうのですが、およそ病気とはいったい何かというテーマがあります。これは感染症に限らない視点ですが、遺伝子と文化の対立としての病気という視点が重要だと思っています。すなわち、人間の遺伝子というのは、ホモサピエンスが生まれた20万年前から生物学的にはほぼ全く変わっていなくて、だけど人間が作ってきた環境、改変してきた環境、あるいは環境を含めた広い意味での文化があまりにも大きく変化していったので、人間の身体がそれに追いついておらず、遺伝子と文化のずれがいろいろな病気を生んでいるという見方です。

一つは、いろいろな新しい生活習慣であるとか、これだけスピードの速い生活についていけなくて、ストレスもたまって種々の慢性疾患が多くかかるようになっている。また、これはプラスの面が大きいかもしれませんけど、文化が発達して、高齢期まで生きるというのが普遍化した。誰もが高齢期を過ごせるようになったというメリットの半面、高齢期のさまざまな病気やケアの問題も出てきている。そして、もう一つ大きいのが、人間が新しい環境や物質を作ってきたために生じるいろいろな病気があります。例えば、マラリアの北限が地球温暖化でどんどん北に広がっていっているとか、抗生物質をいろいろ多用しすぎたためにまたその細菌が逆に進化して、抗生物質が効かない菌が出てくるとか。だから、結局、医療の問題というのは、突き詰めると環境の問題に行き着くみたいなところがあると思いますけど、人間による環境の改変があまりにも大きくなってしまったために、その弊害がいろいろなかたちで現れているのではないかという、環境やエコロジーの視点が、先ほどのグローバル化の話と並んで、重要だと思いますね。

出口 「3.11」では、原発事故を受けて「文明災」という言葉も語られました。コロナパンデミックについても同様の見方が可能なのだろうと思います。ただし、今回の方が、はるかに根が深い。最初に申し上げたように、パンデミックは、農業革命と表裏一体の関係にあり、また広井さんが指摘されたように、都市化や環境への介入といった人類文明の根幹とも結びついている。原発のない文明はいくらでも考えられますが、農業や都市のない人類文明は考えられない。その意味で、コロナパンデミックは、われわれの文明のあり方をより一層、深く掘り返して考え直すことを、われわれに迫っている、そういった事象かもしれないということですね。広井さん、今日は長時間どうもありがとうございました。

広井 ありがとうございました。

この記事をシェアする:

京都大学 人社未来形発信ユニット人社未来形発信ユニット基金
ご支援のお願い

人社学術活動の活性化と発信強化のために
ご支援をお願いいたします。

公式SNSアカウントの
フォローをお願いいたします。

京都大学 人社未来形発信ユニット

© Copyright Unit of Kyoto Initiatives for Humanities and Social Sciences, All Rights Reserved.

↑