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基金支援企画:英語論文集『「場」の人類学』出版

2020/02/18

「人社未来形発信基金」に寄せられた基金は、本学の人文社会科学分野におけるさまざまな発信企画の支援に使わせていただきます。ここではそのような発信企画の1つとして、若手研究者による英語論文集 The Co-emergence of Performance, Place, and People: The Anthropology of Ba (「場」の人類学:パフォーマンス・場所・人間の共創発) をご紹介します。

The Co-emergence of Performance, Place, and People: The Anthropology of Ba

編集:梶丸岳 (人間・環境学研究科助教)・C. ケイトリン (人間・環境学研究科特定講師)・風間計博 (人間・環境学研究科教授)

概要:本書では、日本語の「場」という独特の概念を軸に据えて、文化人類学の場所・空間論、パフォーマンス論に新たな視点を導入することを試みる。日本語の「場」とは、西欧近代的思考に関わる抽象的空間や地理的・物理的な場所の概念と重なりながらも、それらの限界を超克する可能性をもつ包括的・動的な概念である。

ここでいう「場」とは、行為主体とともに生み出される総体を意味する。同時に、それ自体が人々の感情や身体に影響を与え、即時的に人々を行為に導いたり、あるいは躊躇させたりする動的な行為主体となる。また「場」は、その時どきで異なる様相を帯びた総体であり、時を越えて近似的に再現出し、民族や国家に関わる集合的記憶や壮大な共同的空想を喚起させる。

このような「場」概念を検討しながら、本書の執筆者たちは、人類学的な実地調査に基づいて収集した、日本を含む世界各地の舞台芸術や芸能、伝統的儀礼や国家的祭礼から、日常生活の微視的な相互行為までの諸事例を考察してゆくことになる。


本書は、人間・環境学研究科出身者を中心とした若手文化人類学者の執筆した英語論文集です。編者のお一人である梶丸岳助教に、本書の内容や重要性についてお話を伺いました。

編者・梶丸岳助教 (人間・環境学研究科) インタビュー

―まず、文化人類学ってざっくり言ってどういう学問なんでしょうか。

梶丸 ものすごく単純に言ってしまうと、「この人ら、何してんのやろ?」という疑問から出発する学問です。

ー「この人ら、何してんのやろ」。

梶丸 いちおう、この人「ら」というのがポイントで、個人ではなくて人間の集団が対象ということです。ある人間集団が何かをやっているのを見ていると、この人たちは何をやっているんだろうか、どうやって生きているんだろうか、この人たちの視点からは世界はどのように見えているんだろうか、という疑問が出てきます。それを研究する学問です。

元々は欧米で生まれた学問で、彼らから見て未知の土地である植民地の文化や生活を調べるものとして始まったのですが、いまではあらゆる人間集団の文化が対象になります。「インターネット空間の人類学」なんてものもありますね。要するに「この人ら、何してんのやろ?」です。

ラオスにて掛け合い歌の調査中 (手前左側が梶丸さん)

―今回の論文集はどのような企画でしょうか。

梶丸 寄稿者はみな、人環 (人間・環境学研究科) の出身あるいは人環と関係のある、私とそれほど年のちがわない若手の文化人類学者です。みんなで本を出せないかという話になったのですが、人環の文化人類学の特徴として、調査地やテーマが限定されていなくてみんなバラバラ、というのがあります。じっさい今回出てきたのも、暗黒舞踏・民謡・トンガ・ポンペイ・トルコ・フィジー・チベット・ラスタファリア・イギリスの女神運動、と見事にバラバラです。

ですが、私が以前から興味をもっていた「場」や「パフォーマンス」という概念をとっかかりにすれば、みんなそれにうまく絡めた論文が書けるのでは、と思いつきました。たんなる寄せ集めにはならず、思った以上にうまくまとまりのある論文集になったのではないかと思っています。

―その「場」という概念についてもう少し教えていただけますか。

梶丸 「場」というのは英語だと「place」や「space」になるでしょうが、そこにはないニュアンスが日本語の「場」にはあると思います。私の専門である芸能に引きつけて言うと、よく「場によって動かされる」ということがありますね。演者がいつも以上にいい演奏ができたとか、お客さんがものすごく盛り上がったとかです。日本語で言う「場」は、たんに人がいる場所、たんなる容れ物ではなく、何かそこにいる人に働きかける力をもっています。

中国貴州省貴陽市にて。幼児の満1ヶ月のお祝いの集まりで歌を掛け合う人々。

―なるほど、日本語ならではの概念ということですね。世界のいろいろな文化を日本語の概念で解釈するということでしょうか。

梶丸 もちろん、文化人類学で何よりも重要なのは、こちらの考え方や概念を調査対象に持ち込まない、押し付けない、ということです。そのために私たちは現地に長期滞在して、あちらになるべく馴染んで、「脱日本化」しようとします。とくに、現地の独特の概念、現地語でないと表現できないような概念を軸にして、現地のものの考え方を捉えようとするんです。

とはいえ、帰ってきたらこんどは、こちらの研究者にわかるような仕方で論文や本を書くことになります。そのときに使う概念が今回は日本語の「場」というわけです。これはもちろん、こちらの概念で現地の文化を解釈しているわけですが、それと同時に、調査してきた現地のものの考え方を通して、こちらの「場」という概念を批判的に吟味するという側面も含みます。

さらには、こうした日本語の概念は、現在の主流である英語圏の研究に対して、一定の批判的なオルタナティブとしてもはたらくと思います。川田順造先生の「文化の三角測量」という言葉がありますが、現地、英語圏の理論、そして私たち自身のバックグラウンドというトライアングルの中で研究をしている感じですね。

そういえば、トンガ語には「場」とよく似た、発音も「ヴァ」という言葉があるそうです。関係を持続させるもの、私とあなたの間にあるもの、といった意味合いらしいですが、日本語の「場」や、あるいは「間」とよく似ています。

秋田県大仙市にて。秋田飴売り節全国大会の様子。

―さて、今回は英語での出版ですね。これにはどのような意義があるでしょうか。

梶丸 人類学は国内の研究コミュニティがある程度大きいので、じつは日本語で書いていれば、論文や本などの業績は十分に重ねられるんです。でも、国際学会に出てみると、意外なところで自分と共通の関心をもった研究者に出会います。ことし行ったバンコクでの学会では、スロバキアの研究者が私の専門である「歌の掛け合い」について話していて、発表が終わったあとお互いにとても楽しく議論しました。そうした人たちにもちゃんと自分の研究を届けたいですね。

また先ほども触れたように、メジャーな英語圏の理論に対して批判もしていかないといけないんですが、批判相手が読めない言語で書いてもどうしようもないですからね。こうした英語での出版は貴重な機会ですし、ご支援いただけるとたいへん助かります。

10年ほど前から「World Anthropologies」、複数形で「世界人類学」ということが叫ばれるようになってきました。じつは国ごと地域ごとに、人類学の伝統はかなり違っているんですよね。そうした違いを認識しつつ、異なる伝統のあいだで対話していこうという動きです。一方で、対話の共通言語はやはり英語です。「世界人類学」のなかで日本の人類学も対話に参加しようとするなら、やはり英語での発信も重要になってくると思います。

―よくわかりました。ありがとうございました。

(梶丸助教のプロフィール、研究業績などについてはこちらをご覧ください。)

目次

0. 梶丸岳・C. ケイトリン・風間計博
Introduction for the Anthropology of Ba

I. Co-emergence of Ba and Actor
1. Coker, Caitlin
“Butoh and the Cabaret: How the place of striptease fueled avant-garde performance in Japan”
2. 梶丸岳
“Space for Competition and Place for Participation: Two Contrastive Sides of a Japanese Folk Song Contest”
3. 比嘉夏子
“Social Space Put into Practice: The Act of Keeping and/or Giving to Be Reconsidered in Light of Local Ideologies in Tonga”
4. 河野正治
“Ritual Performance and Agency of Ba: Hierarchy and Mood at Ceremonial Feastings in Pohnpei, Micronesia”

II. Performative Translocality
5. 田村うらら
“Performing Turkish Culture: The Inclusion Drive of the Largest Nomadic Festival in Contemporary Turkey”
6. 渡辺文
“Creating Oceania: Emergence of performative community at the Festival of Pacific Arts”
7. 山本達也
“Performers’ Two Bodies/ Double Consciousness: Young Performers and Their Performance of Traditional Repertoire in the Tibetan Refugee Society”
8. 神本秀爾
“Conflicts Create Ba and Agency: The Way E.A.B.I.C. Rastafarians Occupy the World”
9. 河西瑛理子
“After Fieldwork: Vestiges from a Fieldworker/ Vestiges inside a Fieldworker”

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